9/11 --- 1年前の気持ちの破片

投稿: 2004年9月19日

9.11に関して、丁度 1年ほど前に書こうとした痕跡を見つけた。

2003年9月15日、14:30ころサンフランシスコを離陸してから、およそ2時間が過ぎた。6日間の出張の帰りの機上でこの文章を書いている。

これまでに、何度となく9.11について何か文章にしておかなければと思った。実際に何度か書き始めてみたこともある。しかし、いつも途中で力尽きてしまう。文章力がないということの他にも、いまだに自分の中で考えがまとまらないということが、もっとも大きな原因だと思う。あれから2年の時が過ぎた今年 2003年の 9月11日をアメリカで迎えることになり、改めていろいろと考えることとなったので、また途中で挫折する可能性が高いと思いつつ、この文章を書き始めてみた。

あれから2年が過ぎた今年の 9月11日は、参加していた BSD Conferenceの二日目だった。朝のセッションのはじめに、 moment of silence (よく1分間の黙祷と訳すのだが、本当に正しい訳なのだろうか…) があった。当時のことを思い出しながら、目を閉じ、手を合わせた。あのころ感じていた漠然とした不安感、心をかき乱されていた子供たちの様子、時がたつにつれて明らかになるいろいろな事実、被害者やその家族に関する報道の数々、それらを聞く度にとめどなく泣いたこと、そんなあらゆることが思い出され、また涙が出てきそうになった。そんな沈黙の中で、近くに座っていた日本人はデジタルカメラをいじっていた。少なくとも僕にはそう聞こえた。そして、なんとも言いようのない怒りと嫌悪感を感じた。これはアメリカだけの問題ではないのだ。などと書くと、まるでどこかの大統領が「テロとの戦い」を正当化しようとしているときに言いそうなせりふのようにも聞こえるのだが、テロとの戦いはこの際どうでもいい。この地球上に住んでいる多くの人々の命が犠牲になり、その人たちの家族や友人など、その何倍もの数の人々に悲しみを与えたあの出来事。それは国境を越えて悲しむべきものであり、憎むべきことだ。この世界に住む「世界市民」の一人として、同じ「世界人」の死を痛み、そしてその世界が少しでもいい場所になることを祈る、僕には当たり前のことのように感じる。

「テロとの戦いはどうでもいい」などというと、単純にアメリカを悪とし、ともすればテロリストを善とするなどと捕らえられかねない。がもちろんそんなことはない。なぜ僕がそんな風に思うかといえば、今行われているテロとの戦いは、多くの犠牲を伴い、さらに多くの悲しみを生み出しながら、結局なにも状況が改善しないもののように感じられてならないからだ。悲しみが増えれば憎悪も増える。そして憎悪があるところには暴力に訴えようとする人、あるいはそれ以外に手段を持たない人が生まれてしまう。そんなことは少し考えればわかりそうなものなのだが、その部分を無視して話が進んでいる、いや話が停滞しているように見えるのだ。

2001年の9月、僕はテキサスのオースティンの盲学校でインターンとして働いていた。このとき担当していた生徒の一人が、今年の 3月ころ、こんなことを言っていた (ということを当時の同僚から聞いた。) 「サダム・フセインの息子の一人を殺したというのがいいニュースだ、と言っているラジオのキャスターがいたが、誰かの子供が死ぬことがなぜいいニュースになりうるだろう。」このように考えることができる高校生がいるということに大きな希望を感じる反面、このようなことを平気でいる大人たちがいて、そしてそれが決して少数派ではないであろうこと、さらにそのような大人が報道の現場にいるという事実は、大きな不安を感じてしまう。

とここまで書いて 1年前の僕は力尽き、そして成田に着くまで惰眠をむさぼったらしい。これを書いてから 1年がたった今、あえて何も足さず、何も削らず、この尻切れトンボの文章をそのまま掲載することにした。