インターネットと選挙とマニフェストと僕
選挙の季節である。選挙の度に思うことだが、なぜ候補者が彼らの主張を Webなどの媒体で伝えられないのだろうか。
私がパソコン通信を始めてから、早いものでかれこれ 13年がたつ。 13年前でも、当時の Nifty Serve や PC-VANといった商用 BBSをはじめ、草の根 BBS上では、選挙の季節になると、「なぜパソコン通信を使った選挙に関する情報提供や運動ができないのか」ということが話題になっていた。しかし、当時は利用者人口も少なかったせいか、あまり注目を集める問題ではなかったのだと思う。 そして、インターネット人口が増えても、情報を発信する側にいる人が少なかったこれまでは、やはりあまり大きな注目を集めなかったのかもしれない。しかし、 Blogが流行り、情報発信や意見表明をする側に回る人が増えてきた今、これまでよりは遙かに大きな注目を集めているのではないだろうか。
冒頭の私の疑問に関して、具体的な答えと問題提起をしてくれているのが、 blog界でも有名な木村剛氏だ。まずは以下の記事を読んでいただきたい。
木村氏が指摘している点に加えて、私は以下の点からも公職選挙法、もしくはそれに基づいて運用されている現在の精度が憲法違反だと感じています。
選挙期間中に利用できる媒体を制限することで、それらの媒体にアクセスできない有権者の知る権利が侵害されていると考えます。たとえば、前回の選挙から話題の「マニフェスト」にしても、選挙期間中には、各政党の事務所や候補者から入手しなければならないようです。私自身は入手したことがありませんので分かりませんが、こうしてがんばって入手したところで、きっと配布されているのは神に印刷されたものでしょう。 (そうでないといけない、という法律があるかどうかは、不勉強のため知りませんが。) これでは、私のように全盲の視覚障害を持つ有権者には情報は伝わりません。また、移動が困難な車いすの利用者、そして健常者であっても地理的条件や単に忙しい人はどうにもなりません。なぜ単純にインターネット上で電子的に公開してはいけないのでしょうか? そうすることで、初めて他の有権者と同じ条件の下で投票行動をできる有権者も少なからずいるのです。
我が国では、視覚障害者の点字投票が可能です。あまり他国の状況は知りませんが、このことを海外の視覚障害者に話すと驚かれることが多いのも事実です。そんな経験から、この精度は我が国が他国に誇ることのできるもので、そして民主国家においてはなくてはならないものだと考えています。しかし、投票行動そのものができるだけでは、その価値は半減してしまいます。「全ての有権者が平等に情報を得られるよう、可能な限り努力する」ということが、本当の民主主義には必要なのではないでしょうか。そして、その目的を達成するために有用な技術が登場した時に、それを積極的に取り入れていくことが、民主国家を担う議員のみなさんの使命なのではないでしょうか。
誰が政権をとるかは知りませんが、さっさとこういうことに手をつけて欲しいものです。 Eジャパンだかなんだかは、こういうことを含むと信じていましたが、どうもそういうことはないようですね。