あっけにとられた瞬間

僕はウーロン茶が比較的好きで、ほぼいつでも冷蔵庫に入っている。しかし、基本的に家で飲むためにペットボトル入りのウーロン茶を買うことはない。なんと言っても飲み終わった後のペットボトルがじゃまだし、それなりの量を飲む時は不経済だ。そこで、ウーロン茶のティーバッグを買ってきて、やかんで煮出すようにしている。数ヶ月前のある日も、普段通りにウーロン茶を作ったつもりだった。ところが…。

寝る前に沸かして、寝ている間に冷ましてから冷蔵庫に入れようと思って、いつものように沸かした。朝起きて、別の容器に移そうとやかんを持ち上げてびっくり、予想もしていなかった軽さ。一瞬何が起こったか分からず当惑。が気を取り直して連れ合いにウーロン茶を冷蔵庫に移してくれたのか尋ねてみるも、「知らない」という答えが返ってきた。首をひねること数秒。「でもやかんに入ってないんだからもう一度沸かすか」とか思いつつ、何気なくガスコンロのおいてある所を触ってびっくり、水浸しなのだ!! いや、正確にはウーロン茶浸しだったのだ!! まさか、と思ってやかんを取り、少し水を入れてみて観察した。すると……、やかんの底から水滴が「ぽた…ぽたぽた……」ってな具合で出てくる!! ここで初めてやかんに穴が開いたということを確信し、再びあっけにとられることしばし…。

考えてもみれば、僕は日頃あまり「あっけにとられる」というような経験をすることはない。でも、このやかんの時のように、壊れることなどないと思っていた物が壊れた時はあっけにとられる。今でも忘れられず、そして思い出す度に思わず笑ってしまうような、そんな経験が二つある。

一つめは、かれこれ 10年くらい前の話だ。学生の頃に、授業の課題かなにかをやろうと思って、我が家のパソコンがおいてあった机の所にあった椅子 (オフィスにあるような比較的ちゃんとした椅子で、高さが簡単に変えられる椅子だった) に座ろうと思った。それで何気なく背もたれに手を置いて、少しだけ体重をかけたその瞬間、「めりっ」という音がしたかと思ったら、背もたれがぽっきり根本から折れてしまった!! これには驚いて唖然とした。その後数ヶ月の間、僕は背もたれがなくなって座るだけで疲れるようになってしまった椅子を使い続けた。そして、何の役にも立たない、元背もたれが部屋の片隅のスペースを占領していた。背もたれと言うのは、椅子の一部である時には縦になっているからあまり意識はしないが、椅子からとれて横になると、これほどじゃまな物はない、というくらいスペースを取る、ということを知っている人は意外と少ないのではないだろうか。

もう一つは、もう 15年近く前の話だ。一人暮らしを始めて最初に借りたアパートでのことだ。ある日、買い物から帰ってきてドアを開けた。が、鍵を開けてノブを回してドアを開けた瞬間、なんだか「しゃきーん」というような音がした。たとえるなら10円硬貨を落としたような音なのだが、もっと重い金属が落ちた音だった。「ん?なんだなんだ?」とは思ったものの、とりあえずドアを開けてみてびっくり。ドアが自分に向かって倒れてくるのだ。「おいおいちょっと待ってくれよ…」とかなんとか言いながら、何が起こったかさっぱり分からず当惑。とりあえず買い物の荷物をその場において状況把握に努めた。その結果、二つあったドアのちょうつがいのうち、上の方にあった物の軸が抜け落ちてしまったことが判明。幸い抜け落ちた軸もすぐに発見できたから良かったが、これには本当に驚いた。その後 1年程度そのアパートで暮らしたが、数ヶ月に一度は、金槌を持ち出してその軸を打ち込む、という作業をしたので、その後ドアに襲われるという経験はしなかった。が、この話は大家の耳には入れなかったので、次の入居者がもしかしたらまたドアに襲われたかもしれない。

さて、話を戻してやかんだが、普段ウーロン茶を作る時しか使わない物なのなのでなくてもあまり困らないかと思ったのだが、逆に言えばウーロン茶を作る時には必ず使うわけで、ウーロン茶を飲むのを止めない限り、ないと大変不便である。しばらくはウーロン茶を飲まず、単に水を飲んで過ごしていた。なれてしまえばそれも悪くなかった。のだが、やはりやかんが欲しくなった。でも、やかんなんて人生の中でそう何度も買うものではないから、価格水準が全く分からない。ネット上で検索してみても、出てきた価格が高いのか安いのか、見当もつかない。高い物は買いたくない、という意識だけが強くてなかなか買えずにいたのだが、結局そうそう買う物でもないんだから安物買いをしても仕方がないという結論に達して、あまり考えずに購入することにした。それで、前から欲しいと思っていた、注ぎ口の細いやかんを購入した。決して安くない物だが (って、やかんの相場が相変わらず分からないので嘘かもしれないけど) 結構気に入っている。最近は家でコーヒーを入れるなんてことはほとんどないのだが、そんな時にも便利そうである。