テキサス・インターン物語 (3) --- 小学生の情報処理教育 ---
僕がいた盲学校には、情報処理教育を担当する先生が 3人いた。きわめておおざっぱに言えば、一人は小学生担当、一人は高校生担当、そしてもう一人はそれ以外の生徒の担当である。「それ以外」というのは、中学生と、高校生の中で主に職業訓練を受け手いる生徒たちのことである。僕は、この 3人の先生の教室を、それぞれ 1週間ずつの予定で見学することになった。
まず最初に、小学生担当の先生の教室を見学した。この先生が担当する生徒は、そのほとんどが視覚障害に加えて何らかの障害を持っている生徒たちだった。特に多かったのは重度の学習障害の生徒たちで、このような生徒の場合は、一度に多くの生徒を指導することが難しいため、ほとんどが 1対1の授業だった。こういった生徒たちの場合、ワープロソフトを使った文書作成や、 Webブラウザを使ったインターネットの利用などの実用的なスキルを身につけることは容易ではない。したがって、ほとんどの場合、この先生の授業の目的は、コンピュータのスキルを習得させることではなく、普段の授業や生活の中にコンピュータを取り入れることで、生徒の考える力を伸ばしたり、彼らの思考を刺激したりすることにあると言えるだろう。
また、視覚障害以外の障害を持たない生徒に関しても、 PCに関してはあまり実用的なスキルの習得ということには時間が割かれていなかったようだ。どちらかと言うと、彼らに対しては Braille 'n Speakという、いわば視覚障害者向けのワープロ専用機を使った文書作成などの指導が主なものだった。 PCでの文書作成では、 PCを起動し、ワープロソフトを起動し、必要に応じていろいろな設定をしなければならないのに対して、このワープロ専用機では、基本的に電源を入れれば前に編集していたファイルが即座に開かれる。したがって、まだ PCになれていない小学生たちが、 PCのともすれば煩雑になってしまう作業について知らなくても文書作成ができるため、これはこれで有意義な指導と言えるだろう。
また、この機器の場合、点字の 1ますにある六つの点に対応した六つのキーとスペースキーを使うことで、点字による入力ができる。そして、入力された文字に関しては、音声で読み上げてくれる。設定によって、 1文字ずつ読み上げてくれるようにもできるし、スペースキーを押した時に、その単語を読み上げてくれるようにもできる。これをうまく使うことで、点字を書く練習や、正しい綴りで単語を書く練習もできるため、従来の紙に点字を書く練習よりも、特に自習の場合には効果的な側面もあると言えるだろう。しかし、その一方で紙に点字を書いて文書を作ることを彼らはほとんど経験していないように見受けられた点が、僕にとっては気がかりだった。というのは、文書作成に当たってのレイアウトの基本的な考え方などは、紙に書くことを通して見につく部分が多いのではないかという気がしたからだ。
Braille 'n Speakのような機器で点字の学習ができることは、多くの視覚障害学生が盲学校ではなく一般校で教育を受けているアメリカにおいては、きわめて重要だと感じた。一般校には、点字について少しくらいは分かっていても、専門的なことまでは分からない先生しかいないことも多いだろうし、だいたいの場合、そういった先生たちは点字の指導以外の仕事量がかなり多いと考えられるので、このように自習ができる環境がきわめて重要な役割を果たすと思われる。一方日本に目を向けてみると、まずこういった機器が存在しない。ところが視覚障害児教育を一般校で行う流れは近年加速しているようだ。日本でも同様の機器を開発するなり、別の手段で効果的かつ専門的な点字の学習をできる環境を整備するなりしないと、多くの視覚障害児が、十分に点字の読み書きを学ぶ機会を得られないことになってしまうのではないだろうか。僕自身の経験から考えて、点字の読み書きの能力は、思考能力や学習効率に少なからぬ影響を与えるものだと思うので、これはすなわち、点字以外のあらゆる事柄に関する学ぶ機会の喪失につながってしまうのではないかという危惧を持ってしまう。
情報処理の授業の見学を始めた時、僕は指導方法について注目するつもりだったのだが、それ以前の問題として、盲学校における情報処理の授業の役割やその内容について、あまりにも単純に考えすぎていたことに気づかされた。そして、そういったことについてしっかりとした考えを持つためには、視覚障害教育全体について考える必要があるようにも感じられた。見学を始めてまだ半月もたっていないこの時点で、数週間で終わると思っていたここでの生活が、もっと長いものになりそうな気がし始めていた。
(第4話へ続く)