たかが棒きれ、されど棒きれ
僕に会ったことがある方ならばご存じの通り、僕は外出する時はほぼ間違いなく白い棒きれを携えている。 (正式(?) には「白杖 (はくじょう)」と呼びます。) 何となく気が向いたので、この棒にまつわるあれこれを書いてみることにした。
目が見えない人は、世界の多くの国で白杖を使っている。日本では、道路交通法の中で視覚障害者の白または黄色の杖の携帯、あるいは盲導犬の利用が義務づけられている。ちょっと調べてみたところ、ほとんどの場合は白い杖を使っているようだが、雪道などでも目立つ色ということで黄色も加えられているらしい。そして、運転者は、これらの杖を持っていたり盲導犬を利用していたりする歩行者がいる時には徐行もしくは一時停止しなければならないことになっている。というのが白杖の法的な位置づけである。
この白杖には、直杖と呼ばれる折りたためない物、折りたためるようになっている物、そしてロッドアンテナのように伸び縮みさせることができるようになっている物がある。直杖は丈夫だが携帯性が良くない。折りたたみ式はその逆である。ロッドアンテナ型は、白杖を持っていることが重要であって、それを使う必要がないような場合に向いているだろう。というのは、長さが可変であるために、気づくと短くなってしまっていたりすることがあって使いにくいからである。
ちなみに僕は折りたたみ式の物を愛用している。そして、今使っている白杖は、もう随分長いこと (たぶん 7年くらい?) 使っている。後述するようなトラブルもあるので、白杖はどちらかというと消耗品といえるのだが、僕は使える限り今使っているものを使うつもりでいる。というのは、今僕が使っている白杖は、数年前に生産中止になってしまったもので、そして今売られている白杖にはない特徴があるからだ。と言っても大したことではなくて、今売られている白杖の持ち手の部分は、ゴルフクラブのグリップのような感じのゴムになっているか、特にグリップがないようになっているのだが、僕が使っているものは、グリップがプラスチックでできている。大したことではないのだが、僕はどうもあのゴムの感触が好きではないので今の白杖を選んだという経緯があるので、この白杖にはまだまだがんばってもらわなければ困るのである。
前述の通り、法的には白杖は歩行者が視覚障害者であることを知らせる役割の物である。しかし、多くの視覚障害者にとってはそれ以上の意味がある。まず、白杖の先で路面に触れることで、段差や障害物を認識することができる。それから、白杖の先が地面に当たる時の音やその反響の変化を使って、周囲の状況を把握できることも少なからずある。そういう使い方をするから、知らないうちに短くなられたりしてはたまらない。そして、ある程度大きな音を出せないと困るので、弱い材質の物や、細くて軽いような物も困る。
そんなわけで、白杖は僕たちにとっては体の感覚器の一つのようになっている。しかし、世の中には白杖をむんずとつかんで道案内をしてくれようとする困った人たちも時々いる。これをやられてしまうと、足下の確認もできないし、以外と振り払うのも大変だし、どうにもならない。つかみやすくて握りやすいのは分からなくはないが、ぜひともこれはやめていただきたいものである。ちなみに手を貸していただける場合で一番ありがたいのは、白杖を持っているのとは逆の側に立って、そちら側の手で肘または肩を持たせるようにして、半歩、または 1歩先を歩いていただける場合だ。これならば、段差にさしかかったりしても、その人の肘や肩の高さが変わるのですぐにわかるし、そして捕まれていないというのが気楽で良い。
さて、そんな外出時にはなくてはならない白杖だが、結構これにまつわるトラブルもある。 (たぶん僕はこの手のトラブルが比較的少ない方だと思う。) 以下、今まで経験したことがあるトラブルを思いつくままに。
僕が使っている物を含めて、多くの折りたたみ式白杖は、中に太めのゴムまたはひもが通っていて、折りたためるようになっているいくつかのパーツをつないでいる。そんな構造なので、このゴムが切れると目も当てられないことになってしまうわけだが、過去に 2度ほど外出中にこのゴムが「ぷつん」という良い音をたてたことがある。一度は実家から東京へ戻ってくる新幹線を待っていた駅でのことだった。仕方がないので駅の事務所に行って、ガムテープをもらってどうにか 1本の棒の姿をとどめるようにして東京まで戻ってきた。もう一度はどこかで飲んでいた時のことで、この時も店の人にガムテープをもらってその場をしのいだ。
他に思い出すのは、ある時、山手線に乗ろうと思った時のことである。階段を上ってホームに着くと、目の前に電車が止まっていた。しかし、どうせもう乗れないだろうと思ったので、その場にぼーっと立っていた。すると、側にいた人が「電車に乗られますか?」と聞くので、「ええ」と答えると、「ドア目の前ですよ」と教えてくれて、まだドアが開いていることを知った。それなら乗ろうと思ったので、白杖でドアの場所、そして車両の床を確認した瞬間、ドアが閉まってみごとに白杖の先がドアに挟まれてしまった。引き抜こうと思ってぐいと引っ張ってみたのだが、折りたたみの白杖だったので、単に中に通っているゴムが伸びただけで、そのまま引っ張れば、やがてゴムが切れて手元に近い部分だけを取り戻せるだけになりそうだった。電車はもう動き出しそうだったので、そのままドアと格闘するのは危険だと判断して、とりあえず白杖には先に次の駅まで行ってもらうことにした。白杖がない状態で、こわごわ歩いて改札口まで行って駅員に事情を話すと、ありがたいことに隣の駅まで一緒に行ってくれた。すると、先に行った白杖は、その駅で救出されたようで、ホームにある駅員用の事務所だか倉庫だか分からないような所に収容されていて事なきを得た。
他にも、無謀な走行をする自転車に巻き込まれて曲がってしまったこともあるし、電車の中で酔っぱらいに絡まれて曲げられたこともある。
さて、なぜ急に白杖のことを書いてみようと思ったかというと、実はつい 1週間くらい前、愛用の折りたたみ白杖のゴムが切れてしまったからだ。この時は、幸い職場に着いた後だったし、予備の白杖も持っていたので全く困るようなことはなかった。と思ったのだが、実はそうでもなかった。
僕が持っている予備の白杖は、あくまでも予備なので、細くて軽いものだ。ただしカーボンファイバー製なので丈夫である。さて、この白杖だが、細くて軽いため、持った時の感じが普段の白杖とは全然違う。さらに、軽いので、どんなに強く地面にたたきつけても、大して大きな音が出ない。だから、歩きなれた道を歩いていても、普段とは少し要すが異なっているような印象を一瞬受けてしまうのだ。また、もう一つ気づいたことは、路面に当たる時の音が小さいために、周囲の人に気づいてもらいづらいということもあるようだった。そんな使い慣れない白杖を持って歩いていたら、とある場所の階段の横にある石垣のようになった部分に、膝をしたたく打ち付けてしまうなどというドジを踏んでしまった。以前は、適切な長さの棒ならなんでも同じだと思っていたのだが、そう単純なものでもなかったらしい。そんなわけで、この白い棒、たかが棒きれ、されど棒きれといった感じなのである。
なお、それ以上痛い目に遭いたくなかったので、つい先日切れたゴムを取り替えてもらって、今は普段の白杖が復帰している。それにしても、もしこの白杖が修理不能になると大変なことになる。少し高くてもいいから、どこかにカスタムメードの白杖を作ってくれる店とかはないものだろうか。 (ちなみに、だいたいの白杖は 1本 3,000円前後です。)