歴史的瞬間

投稿: 2008年11月6日

日本時間2008年11月5日午後1時、僕は自宅の仕事部屋で、AFNが流していたABCテレビの選挙特番を聴いていた。1時になると同時に、ABCのアンカー、Charles Gibsonが言った。
「今またいくつかの州で投票が締め切られました。カリフォルニアでは、Obama上院議員の当選が確実です。」
僕は思わず声を上げた。そしてGibsonは続ける。
「従って、次期大統領にはObama氏の当選が確実です。」
再び「おー」と声を上げ、そしてこみ上げてくるものを感じた。

日本の報道を知りたかったので、慌ててTBSラジオに替えてみた。すると、バークレー在住の映画評論家、町山智浩氏が電話でレポートをしていた。彼は、締め切り直前の近所の投票所に行ってみたそうだ。昼間は各地で長い列ができていた投票所も、締め切り直前の時間帯にはほとんど人もいなかったそうだ。そんな投票所で投票していた二人の黒人のうちの一人に話を聞いたという。

その人は72歳のおじいさんで、歩行器を使ってどうにか歩いて投票所までやって来たのだという。そして、
「自分が生きている間に黒人の大統領が誕生するなんて夢にも思ったことはなかった。だから今回は何が何でも投票したかった。」
と話してくれたのだそうだ。

またAFNが流すABCテレビの音声に戻ってみた。熱狂する人々の声がひっきりなしに伝えられていた。スタジオにいるらしいコメンテーターの一人の発言が印象的だった。彼女は、高い教育を受けたであろうことを感じさせる言葉遣いと落ち着いた口調で、こんなことを言っていた。
「私は小さい頃から、親に『この国に生まれたら、できないことなんて何もないんだ』と言われ続けて育ってきました。でもそう言っている方も言われている方も、心のどこかにそれは真実ではないという重いがあったことは否定できません。でも今、それが真実だったことが分かったし、これでもう親たちは子供たちに対して嘘をつかなくてすむんです。」
彼女のアクセントには黒人にしばしば見られる特有のものは一切なかったが、その言葉には喜びがあふれているように感じられ、きっと彼女自身のいろいろな経験が凝縮されているのだろうと思った。

いろいろなレポーターがあちこちの様子を伝えていた。中にはこみ上げてくるものをどうにかこらえて必至にレポートをしている人もいた。きっと彼も黒人なんだろう。そんなことを考えながら、いろいろな人の思いが詰まった発言を聞いていた。気づくと僕も泣いていた。

いろいろな人のそんな強い思いを受けて、課題の多い大国の舵取りをしなければならないObama氏が直面する苦労はかなりのものだろう。そして、黒人の、いやアメリカの誇りである彼は、絶対に失敗するわけにはいかないことをよく分かっているだろう。その重圧の中、彼がどのように「変革」をもたらすことができるのか、大いに注目したい。

僕がアメリカにいた時に発生した911のテロ事件、その後の「テロとの戦い」、そういったものがアメリカを大きく変えたことは疑いようがない。以前ここにも書いたことがあるが、911を境に、アメリカの姿は僕が好きだったものとは変わってしまっていた。僕にとって「変わってしまったアメリカ」の象徴だったBushがホワイトハウスを去り、そして変化をもたらすことがいわば義務づけられた新しいリーダーがホワイトハウスにやってくる。変わってしまったアメリカやアメリカ人が、新しいリーダーの下でどのように変わっていくのか、僕も多くのアメリカ人同様、知らないうちに期待していることに気づいた。