慶応SFCのWebリニューアル

投稿: 2008年12月19日

Twitterの僕の周囲で、僕の母校であり、そして現在の職場の一つである慶応大学湘南藤沢キャンパス (SFC) のトップページ * のリニューアルが話題になっていたのでちょっと覗いてみた。はっきり言おう、こんなページを公開できる担当者はよほどの恥知らずである。なぜか、以下、なるべく感情論を廃して書いてみよう。

どんなページか

どうやらつい最近 (昨夜とかそれくらい最近) リニューアルされたものらしいのだが、以前はHTML (もしかするとXHTML) + CSSで記述されていたものが、現在はフルFlashになっている。Flashを表示しない設定でアクセスした場合、テキスト・ブラウザなどFlashを利用できない環境でアクセスした場合には、Flashプラグインをインストールするようにというメッセージが表示される。ちなみにこのメッセージのHTMLは、きわめて単純なものだがタグの誤用が多く、決してほめられたものではない。

何が問題なのか

このリニューアル後のサイトに対して、僕が非常に否定的な意見を持つ理由は、一つずつは決して致命的とは言えない問題が複数同時に存在していて、結果的に救いようのない状況を生み出しているからだろう。具体的には:

  • アクセシブルでないFlashが利用されている
  • Flashコンテンツの代替コンテンツとして利用できるHTMLが提供されていない
  • トップページやサイトマップなどがこのようなフルFlashで実装されている
  • Flashコンテンツが異常に重い
  • これまでのページがことごとく404 not foundになってしまう

以下、一つずつ簡単に見ていこう。

inaccessible Flash

「そもそもFlashとアクセシビリティは無縁だろう」ということを言う人によく出会う。これは大きな誤解である。確かにFlashは登場当時はどうがんばってもアクセシブルにはならない代物だったが、その普及に伴って当時のMacromediaはスクリーン・リーダ (画面の音声化や点字化を行うソフトウェア) との親和性を高めるための取り組みを進めてきた。同時に、どのような点に気をつけてコンテンツを作ればスクリーン・リーダでもそれなりに利用できるFlashコンテンツにできるのかをまとめたガイドラインも開発し、啓蒙活動を進めた。このような活動は、Macromedia時代ほど目立っていないような印象を個人的には持っているものの、これはAdobeになってからも引き継がれているはずで、現在もAdobeのサイトではAdobe Flash accessibility design guidelinesが公開されている。

経験的に見ると、アクセシビリティを意識して作られたFlashコンテンツであっても、しっかりと作られたHTMLと比較すると、やはり劣る者だという印象は否めないん。しかし、全くアクセシビリティを意識せずに作られたFlashコンテンツでは本当に何も伝わってこないのに対して、意識して作られたものの場合、それなりに情報は伝わってくるし、少なくともどのボタンが何の役割かくらいは理解できる。したがって、メニューをFlashで実現しているようなページの場合、アクセシビリティを意識して作られていればほぼ問題なく利用できる。

たとえばこのページからリンクされているクロスワード・パズルは、神部期ではないものの、遊べる程度にはアクセシブルである。SFCのサイトのFlashとは異なった種類のコンテンツではあるが、少なくともFlashがアクセシビリティとは無縁ではないということを示す良い例である。

さて、SFCのリニューアル後のページだが、アクセシビリティが一切意識されずに作られているようである。参考までに、僕が使っているスクリーン・リーダ、JAWS 7.1が読み取った結果を以下に貼り付ける。なお、以下のテキストでは、本来は改行されている箇所を半角スペースに置き換えてある。

SFC 慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス
Flash 開始
1 2 6 8 9 10 12 13 14 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 
28 29 30 3 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 
看護医療学部
49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 
環境情報学部
66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 
91 92 93 94 95 97 98 99 100
政策・メディア研究科
102 103 104 105 106 107 108 109 110
SFC 
112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 
サイトリニューアルのお知らせ
141 142 
健康マネジメント研究科
144 146
異国見聞『八十日間世界一周』1872・グローバリゼーション元年、ヴェルヌの見た横濱(パネル展示と演劇公演)@日吉
148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 162 163 164
総合政策学部
166 168  170 171 172 174 175 176 179 180 182 183 184 185 187 188 
189 190 191 192 193 194
Flash 終了
SFC 慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパスフレーム
SFC 慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパスフレーム終了

いったい何事だと思われることだろう。この数字一つ一つは、それぞれクリッカブルなボタンで、適切なテキストのラベルがついていないため、いわゆるタブ・オーダーの番号が読み上げられる結果となって、このようになっている。実際に読み上げられる時には、「1ボタン」、「2ボタン」というように読み上げられるので、これらがボタンであることは認識できるものの、言うまでもなくクリックするとなにが起こるボタンなのかは全く分からない。そして、このコンテンツの場合、意味のあるテキストもほんの少しだけあるが、そこまでたどり着くのが一苦労である。さらに、後述のようにこのコンテンツは非常に重く、特にスクリーン・リーダを使っている場合の重さは尋常ではなく、とてもこのテキストまでたどり着けない。 (上の読み取り結果は、スクリーン・リーダで一つずつ読んだのではなく、まとめてクリップボードにコピーしてなんとか取得したものである。)

代替コンテンツが提供されていない

Flashコンテンツをアクセシブルにする努力がされている場合も、そうでない場合も、Flashコンテンツが利用できない場合に同じ情報を入手できるように、HTMLによる代替コンテンツが提供されるべきである。これは、Flashのアクセシビリティの問題だけでなく、携帯電話やiPhoneなど、そもそもFlashに対応していない環境のユーザを切り捨てたくないのであれば、絶対に必要なことだ。

トップページをフルFlashにすることの問題点

HTMLによる代替コンテンツが提供されていないページは、前述の通り多くのユーザを切り捨てる結果になる。しかし、それがサイトの一部のコンテンツであればさほど大きな問題にはならないだろう。このSFCのサイトの場合、サイトマップやトップページがこのような形で提供されていることに問題がある。結果として、サイト内の他のページを見つけること、それらのページにアクセスすることができなくなってしまっている。 (検索エンジンでたどり着くことはあると思われる。)

何らかの情報を求めてトップページにやってきた人が、そのページから何も読み取れない場合、どのような印象を受けるだろうか。適切な例かどうか怪しいが、これは日本にある企業の受付に、英語しか話せない人がいるようなものではないだろうか。つまり、英語が話せない来客は適切な部署へ案内してもらうこともできず、自分がその企業にとっては招かれざる客であると感じるのではないだろうか。一方、受付では日本語も英語も話せる人がいて、案内された部署では英語しか通じない、というのはそれほどおかしなことではないだろう。それと同様に、トップページはなるべく多くの訪問者にとって使いやすいものでなければならないのではないだろうか。

もちろん、SFCが「Flashを使えないような学生、教職員、受験生には情報提供をしない」という方針であれば別に良いが、きっとそんな方針はないだろう。しかし、これではそうとられても仕方がない。そして、これは「情報」をテーマとして扱うSFCにとって、明らかに不幸な誤解だろう。

Webサイト設計に当たっては、誰に、どのような情報を、どのような手段で伝えるのかということを明確にする必要があるのは言うまでもないことだ。そしてこの「誰」というのを考える上では、「どんな環境のユーザ」かという点についても明確にする必要があるわけだが、今回のリニューアルに当たってはその点が全くできていなかったと考えざるを得ないだろう。

Flashコンテンツが重い

前述の通り、基本的に非常に重い。そして、スクリーン・リーダとの相性はきわめて悪く、最悪の場合ブラウザがスクリーン・リーダを道連れに落ちてしまう。おそらく少し古い環境や、ネットブックなどそれほど早くない環境ではスクリーン・リーダがなくてもかなり厳しいことになるのではないだろうか。このような経験をしたユーザが、リピータとなってくれることはまず期待できないだろう。

リンク切れ問題

友人もブログで書いているが、これまでのページのURLが全て無効になってしまったのは、きわめて影響が大きいと思う。受験生が出願時期になったら見ようと思ってブックマークしておいたページ、検索エンジンで引っかかるページなど、全てが無効になってしまったのであるから、これは利便性を大きく損なっている。そして、下手をすれば受験しようと思っていた受験生を逃がしてしまうことにもなりかねないだろう。少なくとも、リニューアル前の全ページのリストを作り、リニューアル後の対応するページへの301を返すなどの工夫は必要だろう。

ではどうすれば良いのか

上述の通り、これらの問題が同時に発生していることで、致命的な状況を生み出している。したがって、上記の問題を一つずつ解決していくしかないわけだが、一つでも解決すればかなり状況はよくなるだろう。しかし、おそらく最も効果的な解決策は、まずはリニューアル前の状態に戻し、その上でこのコンテンツを別コーナーとして提供することだろう。僕にはこのFlashコンテンツの内容はさっぱり分からないのだが、どうやらこのコンテンツはこのコンテンツでそれなりによくできていて、SFCにおける研究活動などを見せる方法としては悪くないらしい。もしそうであるなら、そういうコーナーを新設して、そこに載せれば良いだろう。そして、アクセシブル化、代替コンテンツの提供などの作業を進めてゆけばよいだろう。

ついでなので書いておくが、リニューアル前のサイトについて、しばしば良い評価を目にしたが、アクセシビリティ的に見ると決して良いものではなかったと思う。「読める」だけであって、適切なマークアップが徹底されていたわけでもなかったため、「読みやすい」ものにはなっていなかったというのが僕の印象だ。

大学のWebサイトの意味

想定ユーザとしてFlashが使えないような人がいないような場合、今回のようなリニューアルは大きな問題ではなかっただろう。しかし、大学がそのような想定をするのはきわめて不適切である。今回のリニューアルは、たとえば視覚障害を持っている学生、教職員、受験生には情報提供する気はありません、と宣言しているようなものである。 (もちろん視覚障害者以外にもいろいろと考えられる。)

僕の信念として、社会というのは多様性があればあるほど、そしてそれを許容できていればいるほど豊かなのであるとういのがある。大学だって同じだ。いろいろな人が集まって学び、研究することで、おもしろいアイディアが生まれ、社会を動かしていく人材を生み出すのではないかと思う。今回のリニューアルは、多様性を意識できない人が作ったコンテンツだったのだろう。「多様性を意識できない」ということが大学の顔であるWebサイトのそれもトップページに明白に現れてしまうことほど恥ずかしいことはない。 (このこと、そしてWebユーザの多様性に対する認識不足などから冒頭の「恥知らず」という発言となった。) そのことが大学全体、教職員全体を表しているなどと誤解されるのははなはだ迷惑だ。

大学のWebサイトというのは、想定ユーザがきわめて多様であること、想定ユーザには受験生、学生、教職員、卒業生などいろいろな人がいることなどを意識して設計すべきだ。そして、その全てを一つのトップページで対応しようというのには無理があることも意識すべきだ。受験生向け、在学生向けなどのサイトを別々に立ち上げて、それらに対するリンクを提供するのがトップページの役割、などと割り切ってしまっても良いのではないだろうか。

参考

* SFCトップページ: http://www.sfc.keio.ac.jp/

慶応義塾大学院政策・メディア研究科/SFC研究所 W3C の加藤文彦さんの公開質問状が公開されています。そして、遅筆な僕が苦しんでいる間にSFC広報委員会からの回答があったようで、これも公開されています。どうやらことの重大さが認識されたようです。今後どれくらい迅速に対応されるかに注目です。

追記

これを書き終わった数十分後にSFCのトップページが変更されていることを確認しました。旧バージョンとFlashバージョンへのリンクがあるページになっています。