安心で安全な生活が終了へ

投稿: 2009年5月23日

先日提出してここにも掲載した医薬品ネット販売関連のパブリック・コメントに関連して、既に報道されているので知っている人も多いと思うが、厚生労働省の原案のまま省令改正が実施されることになった。この規制については、先日ここに掲載した通り僕は強く反対している。そこでこの件について少し調べてみたのだが、いくつか言いたいことが出てきたので、ここに掲載し、ここを読んでくださっている皆さんにも知っていただきたいと思う。

障害者にとってネット販売は必要

まず、5月21日に開催された「過剰な医薬品通信販売規制を検証するシンポジウム」について伝えるInternet Watchの記事から一部引用する。

Internet Watch - 「医薬品販売規制は撤回し、国会で議論を」与野党議員らが声明

 シンポジウムに参加した消費者からは、省令が施行されるとどのように困るかについての発表が行われ、特に障害者にとっては切実な問題であるという意見が挙がった。

 広島市視覚障害者福祉協会情報システム部長の志摩哲郎は、視覚障害者の立場から意見を発表。「視覚障害者は物を買いに行くことが困難で、店に行っても何が売っているのかを把握できない。PCやネットがあることで、自分で情報を確認して薬も買える。ヘルパーや知人に頼ることなく、プライバシーも守れて自立もできる。今回の省令はそういう人の尊厳を踏みにじるもの」と訴えた。

 大学職員の岡野圭氏は、「私は筋肉の難病で歩くことができず、車では移動できるが、店舗に行くにはネットよりも数十倍の時間をかけなければならない。ネットのおかげで障害者の生活レベルは向上した。今回の省令は、昔に戻れと言われている気分だ」と主張。「この規制がかかれば、薬は海外の通販サイトから手に入れる方を選ぶ。薬のために1日かけるよりも、時間はもっと他のことに使いたい」と訴えた。

僕を含めて、これと同じような考えの障害者は少なくないはずだ。僕たちは、技術的に不可能なことについてはやむを得ず他人に頼ったりして生活を成り立たせている。しかし、他人に頼らずにできるはずのことはなるべく他人に頼らずにやるようにしようと考えるものである。もちろん、それはケース・バイ・ケースで、他人の力を借りた方が圧倒的に効率的な場合や、そうすることで自分にも他人にも大きな不利益が生じない場合もあるので、そういうケースにおいては他人に頼ることだってある。しかし、医薬品の問題は、プライバシーの問題もあって、仮に他人に頼る方が効率的でも、できる限り自分で何とかしたいような性質のものである。

誤解がないように書いておくが、僕が言う医薬品購入における「他人に頼る」というのは、店頭の販売員や薬剤師に情報提供を求めることではない。 (情報提供するのは彼らの仕事なのだから、それは障害の有無にかかわらず全ての人に対して行うことだ。) 購入に先立って情報収集をしたり、購入後に用量用法を確認するために誰かにパッケージの表示や添付文書を見てもらうことを言っている。先ほど「仮に他人に頼る方が効率的でも」と書いたが、インターネット上の販売店で医薬品を購入している今の時点では、他人に頼る方が圧倒的に非効率的である。ところが、インターネットを用いた購入ができなくなれば、他人に頼る方が効率的になるどころか、場合によっては他人に頼る以外の選択肢がなくなってしまうことだってあるかもしれない。

ネット販売と安全性

現在の僕の医薬品購入に関する行動はだいたいこうだ。まず、自分が緩和したい症状について、原因や一般的によく使われている医薬品などといった全般的な情報収集を、Webを検索するなどして行う。この時、含有成分などやその効果などまで含めて調べることができるので、納得して、そして安心して購入する製品を絞り込むことができる。その上でオンラインの販売店 (ほとんどの場合はケンコーコムを利用している) にアクセスし、販売店が提供する関連する情報を読んで検討する。こうして購入する製品を決めたら、今度は製品情報と一緒に掲載されている仕様上の注意や用法用量、副作用などについて確認して、納得した上で購入手続きを取る。購入後、実際に服用する時も、必要に応じて購入履歴から自分が買って使おうとしている製品を確認して、そして用法用量などを確認することも多い。そして、これまでそのような経験はないが、仮に服用後に何か異常があれば、再度販売店の情報で副作用について確認することができる点も安心だ。

一方、インターネットで医薬品を購入できるようになる前はどうだったかというと、こんな感じだ。とりあえず薬局に行って、薬剤師に相談する。そうするとだいたい何かしらの製品を勧めてくれる。その時、体調を確認されたりすることは確かにあって、これが「対面でなければならない」とする根拠にもなっているのだろう。しかし、これまで僕は一度たりとも副作用に関する詳しい説明を受けたことはない。 (眠くなりますとか、そういうきわめて簡単なことを教えてくれる場合はあるが、それ以外にもいろいろと書かれているはずである。) だから、もし服用後に何らかの体調の変化があっても、それが薬の副作用によるものだというところに思及ばないことが十分に考えられる。そして、だいたいこちらが質問するまで用法用量を教えてくれることはない。僕が白杖を持っていて、パッケージや添付文書を読めないことが明白であるにもかかわらずだ。購入後すぐに服用する場合はその時の説明を思い出して服用すればよいが、しばらくたってから服用する場合は、その時の説明を正確に思い出せない場合もある。そういう時、僕はやむを得ず誰かにパッケージなり添付文書を読んでもらわなければならなくなる。そして読んでもらえるまでは服用できないわけだから、急に熱が出たとか頭が痛くなったとかいう時には、買い置きの薬は事実上全く役に立たない代物になってしまう。6月1日から、僕の暮らしはまたこの時代に逆戻りすることになるのだ。

6月1日以降とネット販売以前との違いは、今度はWeb上での情報収集がしやすいという点だが、これは購入前の情報収集には役だっても、購入後の情報収集にはあまり役に立たない。なぜなら、購入した製品名を正確に覚えていなければ、正確な情報を得ることはできないからだ。製品のブランドは覚えていても、詳しい製品名を間違えなく覚えていることは意外に難しい。特に用量用法を確認したい時というのは購入からある程度時間が経過してからだろうから、製品名だって正確に覚えていない可能性は低くないだろう。もしそれっぽい名前の、しかし実際には違う製品についての情報を得て、それに従って服用したりすれば、それこそ事故につながるかもしれない。それでもやはり「ネットは対面より危険」というのだろうか。それとも障害者などというマイノリティの利便や安全は犠牲にしてもよいという考えなのだろうか。

障害者はそんなにサポートされているのか?

ところで、日本オンラインドラッグ協会理事長でケンコーコムの代表取締役の後藤玄利氏が出されている文書に、障害者の購入に関して、気になる記述があった。

ケンコーコム - ヘンテコな規制を変えよう!

「医薬品新販売制度の円滑施行に関する検討会」のテーマの一つは、今回の改正により困る人が出ないようにしよう、というものでした。前回の2,303件のパブコメの中には、「医薬品のネット販売がなくなると困る」と訴える多くの意見がありました。離島だけでなく、山間部にお住まいの方、むしろ都心にお住まいの方、子育てに追われる方、介護が大変な方、共働きの方、対人恐怖症の方、視覚や聴覚にハンディキャップをお持ちの方等、さまざまな方による、切実な声でした。

しかし、検討会の中で、「置き薬があるから大丈夫」、「そういう人は車で薬局に買いに行きなさい」、「誰かサポートする人がいるはずでしょう」と残念ながら次々に切り捨てられていったのです。

「誰かサポートする人がいるはずでしょう」というのが僕たち障害者に対して向けられた言葉なのだろう。残念ながら、上述したような「情報を確認する必要がある状況」において即時性がある形でサポートしてくれる人なんていない。そういうサポートを受けられるような制度が整っているならいいが、少なくとも僕はそんな制度は知らない。それとも障害者は必ず親切な健常者と同居しろとでもいうのだろうか。だから僕は「誰だか知らないが本気でこんなばかげたことを言っているのか?」とまず思った。そこで、この「医薬品新販売制度の円滑施行に関する検討会」の議事録を調べてみた。

これを書いている5月23日現在、厚生労働省:厚生労働省関係審議会議事録等 その他(検討会、研究会等)というページには、機能までに7回開催されたうちの第2回までの議事録が掲載されている。この第2回の議事録には、日本チェーンドラッグストア協会副会長の小田兵馬氏の発言として、以下のような記述がある:

厚生労働省 - 09/03/12 第2回医薬品新販売制度の円滑施行に関する検討会議事録

 更に、本人の事情により医薬品が買えないという主張ですが、この辺に関しましても我々の団体で話した結果、こういったことに関しては我々の業界で協力しあうことによってカバーできる。そしてまた、それでも買えないという方に関しましては、確かに、ご不便を感じていらっしゃる方が町をさまよい歩くのはいかがなものかというのは、全くそうでありますが、こういった問題に関しては救急車であったり、もしくは各地区の行政のソーシャルワーカーさん、ヘルパーさん、民生委員の方、保健指導員の方がおられたりというわけですから、そういう人たちの行政上の問題でカバーしていく問題ではないかというふうに思っております。

まず問題は「買える買えない」ということだけではないということが全く理解されていないように思う。ドラッグストアの人なら売れる売れないだけを考えればいいかもしれないが、僕たちは買えた上で安全に使えなければならないのだ。買えても使えなかったり危険だったりするなら買えないも同然である。それに、薬を服用しないといけない状況に急に陥った時、僕の手元にある製品が何かを確認し、その用量用法を教えるために駆けつけてくれるソーシャルワーカー・ヘルパー・民生委員・保険指導員がいるなどという話は聞いたこともないし、かといって救急車の世話になろうとは普通考えないしそもそも救急車はそういう使われ方をするためにある仕組みではないだろう。そして、この発言から障害者の生活や障害者福祉の現状などといったことを全く考慮していない、問題の本質を全くとらえていない「検討」しかされなかったのではないかと疑ってしまう。

誰のため、何のための厚生労働省なのか?

とここまで長々と書いてきたが、冒頭にも書いたとおりこの規制は始まることになってしまった。

マイコミジャーナル - パブコメも効果なく議論終了、医薬品ネット販売規制へ - 楽天は訴訟検討

厚生労働省は22日、医薬品のネット販売規制について議論する検討会の最終会合を開いた。医薬品ネット販売を規制する省令については、2年間の経過措置を設けて6月1日から施行されることになったが、省令に反対する楽天会長兼社長の三木谷浩史氏は、会合後「訴訟を検討する」と話した。

[中略]

検討会が行われた厚労省の会議室には、テレビ局や新聞社などから大勢の報道陣が詰め掛けた。これに関し楽天の三木谷氏は、「これだけの国民的議論になっているので、今回の会合はカメラの前で全て生で伝えるべきではないか」と提案。だが、北里大学名誉教授で座長の井村伸正氏が多数決をとったところ、出席した16人の構成員のうち賛成派は3人。厚労省側はカメラマンに退去を求めたが、なかなか帰ろうとしないカメラマンらに対し、「今後の取材に関しご相談させていただくことになりますので」などと話して退去させるなど、会合は冒頭から大荒れの模様となった。

「大勢」というのがどれくらい大勢なのかはこれだけでは分からないが、テレビ番組でもこの話題に触れているものがあるなど、確かにマスコミの中でもここにきて注目が集まっている話題なのだろう。それにしても、だ。議事録が即日、もしくはそれに準ずる早さで公開されるならまだしも、上述の通り現時点でまだ3月下旬の会合の時宜録までしか公開されないような遅さであるのに、こういう関心事に対する取材を規制するというのはいかがなものかと感じる。それにこのマスコミを恫喝するような厚生労働省の役人は誰の方を向いて仕事をしているのかはなはだ疑問だ。国民のための制度作りをしているなら、国民に対して情報を伝える仕組みをもっと大事にしなくてどうするというのだ。

ともあれ、このばかばかしい規制が始まってしまうことはどうやら確かなようだ。しかし、ここであきらめるのではなく、この規制の問題点、危険性、ばかばかしさをはっきりさせ、僕たちにとってより安全で暮らしやすい仕組みが実現されるように引き続き声を上げていきたいと思う。

ところで、ふと思い出したのだけど厚生労働省って確か障害者福祉とかいうのもやってなかったっけ?

追記 1

この記事の公開時に書き忘れたが、日本オンラインドラッグ協会が公開している第5回の「医薬品新販売制度の円滑施行に関する検討会」の傍聴メモというのがある。長文だが、これを読むと各団体の立場や厚生労働省の役人の仕事ぶりがよく分かって興味深い。

追記 2

記事中、日本語がおかしな部分があったため修正しました。