いわゆる安保法案について思うこと

投稿: 2015年9月19日

いわゆる安保法案が成立しそうな様子だ。僕のTwitterを見てくれているという心に余裕がある方には、もう聞き飽きた、という話だとおもうけれど、この件について僕の考えを記しておくことにする。

僕が思うに、この法案で考えるべきポイントは2つある。1つは違憲か合憲かという点、そしてもう1つはこのような法律が必要なのかどうかという点だ。

結論から言うと、僕はこの法案は違憲だと思うし、必要性もないと思っている。

すべての法律は合憲であるべき!!

まず、違憲か合憲かという点について。

僕は法律学をちゃんと学んだこともない人間だけれど、僕から見るとこの法案は違憲だと思える。

憲法は読んだことがあるし、この一件で読み直したりもした。ただ、安保法案については全部を読んだわけではなくて、断片的な情報に頼っての判断ではあるのだけど、国会における閣僚の答弁などを聴いていても、これが合憲だという理由を見つけられていない。

2つ目に挙げたこの法案の必要性の議論はとりあえずおいておいて、僕はとにもかくにもすべての行政行為、立法行為は憲法を遵守しているというのが大前提だと考えている。それが立憲主義というものだろう。

少し話はずれるが、僕は (ここを読んでる人は知ってる人も多いと思うけど) 全盲の視覚障害者だ。重度障害という区分はされるものの、IT関連でそれなりに仕事をして、自分で生計を立てて、そして納税もしている。周囲から見れば、不自由のない、普通の生活をしているように見えるだろう。実際、致命的な不自由はないし、そこそこ楽しく暮らしている。

でも、普段そういうことは思わないようにしているけれど、客観的に見れば、僕のような人間は、社会的には弱者でありマイノリティーであり非常に脆弱な立場にいる存在だといえるだろう。そういう社会的に見て脆弱な僕が、それなりに面白おかしく暮らせているのはなぜかということを考えると、それはこの国の憲法が国民の基本的人権を保障していて、そして社会がその憲法を遵守する前提で営まれているからだと思う。

ところが、これまで戦後から一貫して「集団的自衛権の行使は違憲」としていた憲法解釈を、時の政権の判断で変えられてしまうのだとすると、それはすなわち憲法で規定された基本的人権やその他の様々なことに関しても、時の政権次第で変えられるという先例を作り、そしてそれを可能にしてしまうことにつながるのだと思う。

つまりそれは、僕のような人間が安心して暮らすことができるための大前提が、もはや存在しないということを意味するといえるだろう。

その観点から、安保法案に仮に国民の99パーセントが賛成していて、そして僕自身が賛成していたとしても、違憲であるという、特に専門家の声が圧倒的である場合、これを認めることは絶対にするべきではないと思う。

本当にこの法案は必要なのか?

そして2つ目のポイント、この法律の必要性について。

よく中国や北朝鮮の脅威ということが言われる。でも、たとえば尖閣諸島に対する中国のアクションがあった場合、尖閣諸島が我が国固有の領土であるならば、それは個別的自衛権を大いに活用して徹底的に防衛すれば良い話だ。それでも難しければ、それこそ日米安保条約の力が発揮される時だろう。

この法律の必要性を主張する人の中には、中国の南シナ海進出に関する懸念を挙げる人もいる。でも、仮に集団的自衛権を容認しても、その中国のアクションがこの国の存立を脅かすようなものでなければ、行使できないというのがこの法案だと理解している。だとすると、それって結局なにもできない、というのが実体になるのではないだろうか。

そしてもう1つ目を向けないわけにはいかない点として、これまで70年間、日本は平和的な形で国際協力を続けてきた。それができるのは、アメリカの同盟国でありながら、必ずしもアメリカと共に軍事行動をしたわけでないという事実が、特に中東地域において我々が思っている以上に高く評価されているから、というのが1つの大きな要因であると思う。

ところが、米軍と共に軍事活動ができるようになってしまえば、もはやそのような親日的な空気は薄まる一方だろう。これまで築き上げてきた信頼はあっという間になくなり、そして日本がテロの対象となるのではないだろうか。

そういったことも考えると、この法律の必要性を見いだすことはできない。

とにかく憲法を遵守せよ!

安保法案の内容については賛否が分かれるところなのだと思う。上述のとおり、僕は大反対だけれど、もし国民の大多数が必要だというなら、それはそれで認めるしかないだろう。

そして、国際関係や軍事の専門家に言わせれば、やはりこういう法律は必要だということになることだってあるかもしれない。

繰り返しになるけれど、でもそれであったとしても、やはりこの法律は合憲であるべきだ。憲法を空文化させることにつながるようなことは、何としても避けるべきだ。現憲法では違憲なら、憲法を変えるべきだ。

僕の場合は、障害者という、社会的脆弱さを示す分かりやすいラベルが付いているにすぎないけれど、本来多くの国民は国家権力に対しては脆弱な存在だと思う。

そして、誰しもが社会的に良い立場に追い込まれる可能性を抱えて生きている。事故や病気で障害者になるかもしれない、自分とは考えが違う人が多数派になるかもしれない、そんな風に考えてみる想像力が必要だと思う。

でも、憲法というよりどころが頼りないものになってしまったら、それは無理な相談だろう。

声を上げてもなにも変わらない、自分には関係ない、そんな風に思っている、特に僕の大事な友人の皆さん、声を上げなくてもいい、僕に賛同してくれなくてもいい、ぜひ1度じっくりこういうことに思いをはせて欲しい。特に若い人たち、未来を着くっていくのは僕たち、そしてあなたたちなのだから。